ミスタ・ポストマン

   ロストマン


 暇なのでコーヒーを貰っていると、誰かがやって来た。
「おはようございます」
顔を覗かせたのは、浅黒くて背の高い男だった。
「コーヒー頂けます?」
「あれ、まだ出てなかったの?」
アヅマ氏の言葉に、男は溜め息を吐く。
「書留の交付が未だで……まぁ例の如く、うちの駄目班長の所為なんですが」
「今度は何?」
「配達証を失くしたんです」男は顔を顰めた。濃い眉が毛虫の様に動く。「お陰で外務代理がテンパっちゃって」
「そりゃ難儀だね」アヅマ氏が僕の方を向く。「ウエタミ、コーヒー淹れてやって呉れないか」
 其処で初めて、男は僕の存在に気付いた様だった。
「おお! 君が噂のロストマンか」
ロストマンとは何の事だと訊こうとしたが、彼が第一集配課の平良(タイラ)だと名乗ったので、僕も名乗る。
「ユウは郵便局のユウ?」
タイラは人を指差して云った。
「然うです」
 僕はサーバからコーヒーを注ぐ。此れが初仕事かと思うと、遣る瀬無い。
「配達証を失くすなんて事、在るんですね」
「在る在る。うちの班長、色々と良く失くすんだよ。然う云う意味では彼もロストマンだな」
 ——また出た、ロストマン。
 僕はコーヒーを差し出し乍ら訊いた。
「あの、ロストマンって如何云う意味です?」
「え、ああ。だって君、極度の方向音痴で配達中に迷って仕事が遅いから配転に成ったんだろ?」
物(ブツ)を失くすより良いけど、キューピッドは迷っちゃ駄目だろ——タイラは然う云って笑った。一方の僕は冗談どころではない。
「其れ、誰から聞いたんですか?」
「誰って……」タイラはコーヒーを啜る。「風の噂って奴?」
 僕は一瞬だけアヅマ氏を見遣った。彼は相変わらず新聞を読んでいて、僕等の話には興味が無い様だった。
 ——アヅマ氏は聞いているのだろうか?
 配転の理由は聞かされていないが、思い当たる節が無い訳ではない。極度の方向音痴、と云う点は間違っていないだけに、其の通りなのかも知れない。
「まぁ、人生と云う道に迷っていると云う点では、俺もロストマンだから人の事云えないな」
 タイラは書留の交付を受ける迄、然うして一人で喋っては笑っていた。