花火
「どうも花火は苦手なんだ、」
私は忙しなく額の汗を拭い乍ら、弁解するように云った。
「何と云うか——思い出してしまう」——今更何を思い出すと云うのだ。
確かに花火は美しい。色彩彩の光が闇を彩ると、人々の睛にも光が映る。その光は祭りの後も暫し、睛に焼き付いて離れない。 しかし、
「私にはとても風流なものには思えてこないんだよ」——「あれ」を思い出させるからだ。
鼓膜を震わせる破裂音と、闇を切り裂く光——あまりの眩しさに直視できず瞼を閉じれば、敵の機銃が火を噴き、幾つもの射線が宙を走る。あれを見ると、私は未だあの場所にいるのではないかという錯覚に陥ってしまう。
——莫迦な。
己を現在に引き戻し乍ら自嘲の笑みを浮かべる。
——戦争は終わったじゃないか!
だが、一度陥るとそう簡単には戻れない。私は再び時を遡り、気付けばまた銃を握って走り続けていた。
仲間が一人、また一人と倒れてゆく。否、気が付けば居なくなっている——そう云った方が正しいかも知れない。私には彼らを顧みる余裕など無かったのだ。
花火の光はストロボのように、あの時の情景を私の目に焼き付ける。
土煙に霞む地獄のような光景を。
そして——戦地に赴く私に手を振った、彼女の姿を。
花火は、封じ込めた筈の忌まわしい記憶を、いとも簡単に引き擦り出して私を苛む。その眼を再び開けば、私はちゃんと生きていて、彼女は傍らで花火に見入っているのに。
「あなた?」
妻が不思議そうな面持ちで私の顔を覗き込む。
「泣いているんですか……?」
そう云われて初めて、涙を流していたことに気が付いた。
「い、いや、煙が目に滲みて……」
いやですよ、と妻は苦笑する。
「煙なんて、ここまで来ませんよ」
「そ、そうだな。いや、眩しいんだよ。眼が痛い」
「暗い書斎に籠もってばかりだからですわ」
可笑しそうに笑う妻の顔を見て、漸く夢魔の鈎爪から解放される。
「はは、それもそうだ……」
つられて笑う。
どおん、と花火が上がる。
「まあ、綺麗……先刻のより好きだわ」
妻が私の手の上に、自分の手をそっと重ねる。その優しい温もりを感じ乍ら夜空を見上げれば、幾つもの光の花が、闇を彩っていく。——忘れる必要はない。
否、忘れてはいけない。共に生きるのだ。
あれは、私の過去なのだから。
私が今、生きていることの証なのだから。(了)