最終章〜It's the end〜

 乾いた風が地を這うように流れている。乾き切った髪が顔にまとわりつく。
遙か遠くに霞んでいる街が見えた。
 否、本当にこの眼で見ているのかどうかは判らない。渺漠たる砂の大地と、照りつける太陽が見せる幻かも知れない。
 思えば何故、こんな所で降りたのだったか。

 「幸運を」
乗員はそう云って、真っ直ぐに立てた人差し指と中指を顔の高さまで上げた。その曲げられた腕が測ったように直角であったのが、妙に鮮明である。
 ——還るつもりなど無い。
彼はそんな私の心を知っていたのだろうか。幸運を——そう云った彼は少し寂しげな笑みを浮かべていた。

 携えた花束は既にくしゃくしゃになっていた。花のことは佳く分からないが、とても綺麗だ。
 ——この花は何という名前なのだろう。
そう思った時、急に笑いがこみ上げてきた。半ば砂に埋もれている状態で一体何を考えているのだ、と自嘲する。
 ——そんなことは如何でも好い。花の名を知ったところで何になる。
今となっては、何故花など買ったのか、その理由すら思い出せないのに。

 私は南へと歩き出した。もっとも、私には北も南も判らないので、己が向いている方向が「南」である。

 南へ、南へ。
 南へ南へ、南へ。

 どれ程歩いたろうか。周囲の景色は一向に変わらない。白茶けた砂ばかりである。
 ——この砂全部で砂時計を創ったら、砂が落ちるまでにどの位かかるだろう。
そんな砂時計を使う者があるならば、それはこの砂漠を創った者だ。砂が全て落ちると逆様にし、再び砂は流れる。永久に。
 私は不図、その砂になりたいと思った。今ここで倒れたなら、それも叶うかも知れない。
 私は襤褸布にくるんでいたモノを取り出した。黒光りするそれは、砂漠の熱さとは反対に戦慄とする程冷たかった。

 「これで終わりだ」

 弾き金は意外にも軽かった。
 花束が強風に煽られて散る。
 南へ南へ、南へ。
 嗚呼、この花束は己への手向けであったのか。

 「幸運を」

 そう云った彼の顔が、どうしてだろう、自分の顔のように思い出された。

(了)