コーヒィカップの中の宇宙の観察

 「君がここに来るなんて、」
ミチタカは熱いコーヒィを冷ましている。
「今日は雨かな」
言いながら見た窓の外は、眩暈がするほど眩しかった。
「あなたがそんなこと言うなんて、」
キョウコは大きな目を丸くした。
「今日は雪だわ」
言いながら紅茶に角砂糖を入れる。一つ、二つ、三つ。
「ずいぶん沢山入れるんだね」
ミチタカはコーヒィを諦めてキョウコを見つめた。
「甘党なの、わたし」
キョウコは四つ目を入れたところで微笑んだ。
「あなたは?」
「僕は甘いのは苦手だな。でも、角砂糖って、好きだ」
「どうして?」
ミチタカは再びコーヒィに挑んだ。
「あっつい。……何でだろうね、あの角張ってるところかな」
「ふぅん、」
キョウコは紅茶を飲んだ。
「おいしい」
ミチタカは飽和水溶液という単語を思い浮かべた。
 キョウコがそれ以上追求しないので、自分から切り出す。
「だってさ、真っ白で、立方体。でも、実は細かな粒子から成っている。あの『ぎっちり感』がたまらない」
「たまに直方体のも、あるわよね」
「あるね。直方体は、好きじゃない」
「そう、」
キョウコはクリームたっぷりのチョコレートケーキにフォークを刺した。
「それは十二分の一」
ミチタカは反射的にそう呟いた。
「何のこと?」
「ケーキだよ。中心角は三十度」
「そうなの?」
「カロリーは三百くらいかな」
「おいしくなくなるわ」
キョウコは口を尖らせた。
「ごめん」
 ミチタカは真っ白な皿に並べられたクラッカを取った。
「三角形?」
キョウコが問う。
「正三角形」
ミチタカはピラミッドを造りたい衝動を抑えた。
「一度エジプトに行ってみたいな」
「エジプト?」
「だって三つも並んでるんだよ?」
「ピラミッド?」
「そう」
ほどよく冷めたコーヒィをぐっと飲む。
 「君は螺旋って、好き?」
唐突に話が変わり、キョウコは一瞬戸惑った。
「らせん? ……螺旋階段は嫌いだけど」
「ねじれるのって、嫌い?」
「目が回るからよ。 ……でも渦巻きは好き」
「何故?」
「コーヒィをかき回して、ミルクを入れると?」
ミチタカはほとんど空になったカップに目を落とす。
 丁度その時、
「コーヒィのお代わり、いかがですか?」
店員が愛想の良い表情(かお)で訊いた。
「お願いします」
ミチタカはなみなみと注がれたコーヒィを、銀のスプーンでかき混ぜた。
「外側からね、」

 ミルクを注ぐ。
 黒い液体に白い液体が曲線を描く。
 くるりくるりと渦を巻く。
 中心で、一つに溶け合う。

 「いいでしょ。……溶け合うのよ? 完全に!」
「完全じゃないよ。そう見えるだけだ。実際は目に見えないほどの細かい粒子が——」
「どうしてあなたはそう意地悪なの?」
「別に意地悪してる訳じゃ、」
そう言って、ミチタカはカップの中をのぞき込んだ。
液体は、黒でも白でもなかった。
「カフェ・オ・レ色だ」
キョウコはあきれた、とばかりに肩をすくめる。
「だって、カフェ・オ・レだもの」
「そうだね」
恐る恐る一口飲んだ。熱くない。程良い、温かさ。

「どう? 小さな宇宙は?」

「いいね」

ミチタカは唇の片端をつり上げた。

「小さな宇宙、って」

(了)