aifa Ori and the silver moon
サイファ・オーリと銀の月

昔々のそのまた昔——
オリオネアという砂漠の国に、大盗賊がいました。

「男は殺せ、女はかっ攫え!」
彼の名はサイファ・オーリ。
奪える物は全て奪い去り、焼かれた村は数知れず。
砂漠の彼方に黒衣の影を見ると、人は云いました。
<荒野の黒影>が来たぞ——と。

その日も、彼はいつものように村を襲撃しました。
彼は村長の屋敷に押し入り、村長も妻も、使用人さえもすべて殺してしまいました。

「おい、見ろ!」
彼は得意げに美しい絹の布を広げ、クルクルと頭に巻いて見せました。
「珍しく上等な品だぜ」
艶やかな絹の布は、彼の青い瞳を際立たせます。
「良くお似合いですぜ、お頭」
仲間がヒヒヒ、と笑ったその時、

カタリ

どこからか幽かな物音が聞こえました。

「誰だ?」
サイファは物音の源を探しました。
片端から扉を開き、覗き込みます。
あらゆる物陰をあらためてみます。
けれども、鼠一匹いませんでした。
「気のせいか」
彼が諦めかけた時でした。

カタッ

今度は確かに聞こえました。
彼の青い瞳が鋭く光ります。
(戸棚の中だ)
彼は戸棚を開け放ちました。
「隠れんぼはお終いだ」
其処に居たのは、絶望という影に囚われた娘でした。

「あんたは村長の娘だね?」
娘は答えませんでした。
その美しい貌に恐怖と憎悪を張り付けたままです。
唯その強い目だけが、
「おまえは両親を殺したな」
と訴えているのです。
「さあ、こっちへ来るんだ」
伸ばされた手を、娘はピシャリとはねのけました。
「触らないで! 人殺し!」
娘は賊を突き飛ばして戸棚から飛び出しました。
しかし、仲間に行く手を塞がれてしまいました。
「どこへも逃げられないぜ」
サイファはゆっくりと娘に近付きます。
すると、
「それ以上近寄らないで!」
娘は隠していた短剣を目の前に翳しました。
三日月のような銀の薄刃が、鋭く光ります。
「俺を殺せるのかい、お嬢さん?」
サイファは可笑しそうに笑います。
「馬鹿な真似は止して、大人しく俺のものになれ——」
彼が更に近付こうとしたその時、
「私は誰のものにもならないわ!」
叫びと共に閃いた銀光が、娘の胸を抉りました。

「馬鹿なことをしたな娘よ」
サイファは倒れた娘の傍らに膝を付きました。
「馬鹿なのはあなたの方よ」
娘は彼を睨み、赤い唇を震わせて云いました。
「すべて奪ってきたあなたでも、たった一つだけ奪えなかった」
娘はサイファを睨んだまま微笑みます。
「これからは、どんなに奪っても永遠に満たされることは無い!」
娘の言葉は三日月よりも鋭利な刃となり、サイファの胸の底に突き刺さったのです。

その後も、サイファは相変わらず奪い続けていました。
「見ろ! 俺に奪えないものなど無い!」
狂ったように馬を駆り、殺し、奪い、焼き尽くす——
「奪えないものなど無いんだ! そうだろう?」
真っ赤な剣を振りかざす彼を見て、仲間は云いました。
「お頭は影に取り憑かれちまった」
ひとり、またひとりと、仲間は姿を消していきました。

気が付くと、サイファはたった一人になっていました。
「おい、みんな何処へ行っちまったんだ?」
彼は仲間の名前を呼びながら、広い荒野を彷徨います。
「ジャバル! ニタム! リグロン……!」
炎のように燃え氷のように凍える、見渡す限りの砂の海。
何日も何日も歩き続け、水はとうに尽き果てていました。
手元に残ったものと云えば、あの銀色に光る三日月だけ。

知っている名をすべて叫んで、ついに彼は力尽きました。
「あの娘の名は何と云ったのだろう?」
彼はオリオネアの焼け付く太陽に、三日月を翳しました。

その暫く後に、行商人の一団が其処を通りかかりました。
「おい、誰か死んでるぞ」
「行き倒れじゃないか?」
「珍しくもない」
「いや、これは自刃だね」
「水が尽きたんだろう?」
「珍しくもない」
行商人たちは、死者をそのまま砂に埋めようとしました。
その時、一人が側に在ったあの銀の三日月を取りました。
「この短剣はどうする?」
「なかなか良い品だよな」
「これなら高く売れるぜ」
「そうだそうだ」
「八ガルドは下らないな」
「いや、十はいくだろう」
「そうだそうだ」
彼らが売値の話をし始めた時でした。
「みんなやめておけ」
中でも最も年老いた男が云いました。
「彼のたった一つの持ち物じゃないか」
銀の月は、名も無き死者の胸の上で妖しく煌めきました。


Semper avarus eget.
常に貪欲な者は欠乏する。