The Lord of the Vesper

「伯爵にも知らないことがあるんだな」

俺がそう云うと、彼は心外だと云うような表情を見せた。

「少なくとも一つ、絶対に知り得ないものがある」
「それは?」
「死だよ」

俺は彼の目が稀代に光るのを見た。

「識ることはできても、知ることは決して叶わない」

俺は黙っていた。
暗い水底から沸き上がる何かに、完全に心を掴まれていたのだ。

 ——この感情は何だろう?

「だが無知を畏れることはない」

伯爵の言葉に俺は顔を上げた。

「私は知らないということを知っている——」

彼は不思議な笑みを浮かべていた。

「誰かもそう云っていたじゃないか」